naoki101のブログ

都内の学生です。このブログでは日々感じたこと、発見したことを自由に書いていこうと思います。

文学部の意味。

先日、実は彼女に別れ話をするために会ったんですけど、実際に会ってみるとなぜか、少し寂しくなってしまって、ちゃんと別れ話をできず、むしろこれからもよろしくね!みたいな感じで終わってしまいました、、家に帰って冷静に考えてみると、本当に何やってるんだろうと罪悪感でいっぱいです、、ただ、前に進ませるためにどこかでちゃんと話そうと思います、、!

こういった人生における反省って数多くあるなって感じます。自分は文学部に所属しているんですけど今日、読んだ記事に載っていた「文学部の意義」がこの人生への反省と少し関連していると感じたので載せます!

文学部って何の役に立つの? 阪大学部長の式辞が話題に 思いを聞く - withnews(ウィズニュース)

この記事では阪大の文学部長の方の式辞を紹介しているのですが、学部長は「文学部の学問が本領を発揮するのは、人生の岐路に立ったときではないか、と私は考えます」「その時、文学部で学んだ事柄が、その問題に考える手がかりをきっと与えてくれます」と仰っていました。自分自身、これに深く共感します。

人生の岐路に立った時や失敗をしてしまった時、人は(少なくとも自分は)自分一人の考えや感覚で解決しようとすると大抵上手くいかないと感じます。だからこそ、他の人の意見や経験を知り、それを解決の為に生かすことが重要なのだと感じます。その為に、私自身、周りの人に相談するか、本を読むようにしています。本を読むことで様々な人々の考えや知恵を多角的に得ることが出来るからです。東進ハイスクール林修先生も、あるテレビ番組で本を読むことを通じて先人の方々が重要な局面でどのように失敗したのかを知る事ができ、自分が今後何をすべきなのかを知ることが出来ると仰り、本を読む事の大切さを説いていました。もちろん、ただ本を読むだけではこのような先人からの「知恵」を受け取る事は出来ません。本を読んで考える事を通じて、自分の中に落とし込む事。これが出来るようになれば、最大限、本を活用していると言えるのではないかと思います。(偉そうに書いてますが、自分もまだまだです、、、)

その中で、本を読んで、そこから得た自分の考えを述べることを大切とする文学部は、実利的な事を学ぶ経済や理系学部とは違い、自分の人生を更に豊かにし深みを与えるうえで必須の学部なのではないかと感じました。

援助の前提。

今、ゼミ論を書こうと思っているんですけど、全く気持ちが向かずあっという間に三時間が過ぎ、今このブログ書いてます、、笑 これ書いたら、ゼミ論頑張ろ笑

 

自分は学生時代を通じて、国際協力系の事に興味を持ち実践していました。きっかけは浪人時代の英語の先生(自分の恩師です)が途上国の事を良く話されていて触発されたことです。良い意味でも悪い意味でも、影響を受けやすい自分は、大学入学後、さっそく国際協力系のプロジェクトに参加しました。ケニアの植林系のボランティア活動です。その後、国際関係の本質をより知りたいと思い、大学でJICAが開いていた授業を大学で取ったりもしました。そういった経験から気付いたこと・感じたことは大きく二つありました。

一つは、個人の意味で、援助を行う側は自己犠牲をするのではなく既に幸せだと感じられる状態で行うべきだということ。自分が考える人生を生きる上で最も重要な事は幸せである事です。そして、幸せは経済力や物理的な意味で、ある程度ベースメントがないと成り立たないと考えています。このベースメントを削り、自分がキツイ生活を送ってまで、援助は行うべきではないと、私は考えます。援助する側とされる側がお互い幸せであるからこそ、援助は成り立つのではないかと考えています。

二つ目は途上国にとって物質的援助はもちろん、必要である一方で精神的援助も必要ではないかと私は考えます。これはケニアに行き、幸せとは何かに関して、悶々としていた自分が下の記事を読んだ際に感じたことです。

logmi.jp

プレゼンタ―の方はネパールで化粧のワークショップを貧困層の女性に向けて開いています。ワークショップに参加する女性たちは、子供の時から早くから嫁いだり、時には売春婦として働かされていたため、時間的にも経済的にもおしゃれなどをする余裕なく過ごしてきました。そんな彼女たちに“美しい瞬間”を提供するために、プレゼンタ―の方はワークショップを開きました。この経験から、プレゼンターの方がおっしゃった「本当はみんな、説明出来る事だったり、再現、可能性があることだったり、効果測定出来ることだったり、そんなものを飛び越えた、もっと先にある煌めきや、一度きりの感動を見たいのではないかなという風に思っています。」という言葉が個人的に印象に残っています。援助の目的を人々が幸せな環境を作る事と定義するなら、インフラや食料といった物理的援助は言わずもがな重要ですが、精神的援助を行うことが、ただ生活を送るだけでなく、幸せに生活をしていく上で重要な事なのではないかと私は考えます。

もちろん、国際協力に(本当に少し)関わる事を通じて、感じたこと・気付いたことはこれだけではないでないですが、特にこの二つが印象に残っていたので本ブログに書かせていただきました。読み返してみると本当に言葉足らずで、どこか説教臭いですね笑 すみません、、笑

長文失礼いたしました。

今日、感じた良い曲!

今日、久しぶりにサザンオールスターズの「慕情」を聞く機会がありました。

本当に良い曲ですね、、失恋という本来であれば、執着からくるドロドロしたイメージ(自分の経験からです笑)とは違い、詩的ですごく美しい曲です。始まりのメロディーと歌詞(「夢の中で交わしたキッスは 悲しみを抱いている 霧のベールにむせぶ影は 胸に残る慕情」)から引き込まれてしまいました。

本当に良い曲(特にバラードのような聞かせる曲)って直感的なモノと理性的なモノを両方、兼ね備えていると思うんですよね。この曲もはじめにピンときて、歌詞を読んでみると本当に深みを感じました。

もっと、この曲を深く知れる、それこそ深みのある人になりたいなあ。

とにかく、おすすめなんで是非、機会があれば聞いてみてください!

 

 

 

ついに終わりました!

ということで、実質、一発目の投稿です。

実は、先日、最後の面接を終え、就職活動を終了いたしました。長かった、、この期間、本当にいろいろなことがありました。途中、周りから聞いた意見で固め、自分に向き合わず苦しい思いをしたり(後輩諸君、しっかり自己分析をして自分の軸を見つけるんだよ!)、やっと行きたいと思えた企業に落とされたりと全く順風満帆とはいえない就職活動でした。けれど、最終的には自分が納得のいく企業から内定を頂くことが出来ました。

この就職活動を通して学んだことを一つ上げるのなら自分の周りに「ひと」がいてくれることの有難さです。本当に、一緒に戦った友人や先輩、心配してくれた両親(時にはプレッシャーでしたけど笑)、その他、関わってくれた多くの人々に感謝です。

就職活動序盤、自分はネットから得た情報や自分の正論ぶった変な考えに固執し、本当に行き詰っていました。もともと考えすぎてしまう性格も自分を悪い方向に進めてしまったと思います。自分自身、この状況はやばいとは分かっていた一方で、打開策も思いつかず文字通り、途方に暮れていました。そんな時に、自分を闇の淵から救い出してくれたのは自分の周りの「ひと」でした。それは精神面と実技面の両方です。精神面で言えば、例えば友人とただ会って話すだけで物凄くポジティブになれましたし、なんてちっぽけな事で悩んでたんだろうと思うことが出来ました。また、別の友人が行きたかった企業から内定をもらっているのを見て、本当にうれしい気持ちと自分も頑張ろうというパワーを貰いました。実技面でも、人から自己分析や面接でのアドバイスを貰う事を通じて、とても自分では発見できなかった新しい自分を発見出来たり、面接の伝え方を学ぶことが出来ました。

私は学生生活を通じて、やりたいことをやっていた一方で、一人で活動していたことも多く、本当の意味で「ひと」の大切さを実感する場面は多くなかったと思います。今はネットで情報も溢れてるし割と一人で何でもできてしまうのではないかと、どこか個人主義になっていたところも正直ありました。でも、就職活動を通じて、知ったのは人は(少なくとも自分は)一人では何もできないという事でした。自分は周りの人に支えられているという強い実感でした。これを皮膚感覚で学ぶことが出来たのは、どの内定先よりも価値があったのではないかなと思っています。今後も、共に苦難を乗り越えた仲間や先輩、両親を大切にしていこうと思っています。そして、大切にしようと思える人を更に増やしていけたらと思っています。

今の自分は物凄く幸せです。周りに最高の「ひと」がいるから常にポジティブでいられる。だからこそ、この学び・想いを忘れないために、本ブログに書かせていただきました。長文失礼いたしました。

はじめまして。

はじめまして。都内の大学生です。

このブログは、日々、感じたことや新しい発見を書き留める事で、自分の考えを構築してく事を目的としています。毎日、何かをして過ごす中で、すごく大切だと思える発見とか感覚があったりするんですけど、一日経つとすぐ忘れちゃうんですようね。それってすごく勿体ないことだなと感じて、このブログを書こうと考えました。三日坊主の自分ではありますが、どうぞよろしくお願い致します。